東京大学が現在検討している授業料値上げに反対する声明文

概要

 現在、東京大学は授業料を53万5800円から64万2960円に値上げすることを検討している。この授業料値上げは学生個人に負担を押し付け、教育を受ける権利を奪い、大学構成員の多様性を損なうものである。また、東大当局は当事者である学生の意見を無視してこれを強行しようとしており、大学の自治を破壊している。

 熊野寮自治会は学生の権利を守る学生自治会として、また学生の福利厚生を担保する学生自治寮を運営する寮自治会として、今回の授業料値上げに対して反対することを表明する。

値上げの問題点

(1)今回の値上げは、学生に経済的、精神的な負担を強い、大学構成員の多様性を損なうものである。

 

 今日の国立大学の授業料は現時点でさえ高額であるにもかかわらず、さらに二割も値上げすることは、学生個人に更なる経済的、精神的な負担を強いることになる。また、経済状況や居住地域、学問分野を問わず高等教育の機会を均等に保障するという国立大学が担ってきた役割が果たせなくなることにつながる。そして、授業料の値上げは大学構成員の多様性を損ない、社会階層の固定化をもたらす。

 また、東大当局が検討しているとされる授業料の減免措置の拡充といった経済的支援は不十分と言わざるを得ない。というのは、世帯年収を基準とした制度では、保護者からの経済的援助を受けられない学生は排除されてしまうえに、支援を受けた学生は留年・休学が認められず、一定の成績が求められることは更なる精神的な負担を負わせることになるからだ。

(2)今回の値上げは、当事者であるはずの学生を無視して強行するものであり、大学自治の破壊に他ならない。

 今回の値上げの検討は関係者からのメディアリークで初めて明らかになり、学生を無視した決定がなされようとしていた可能性があった。また「総長対話」においても、対面実施などを求める東京大学教養学部学生自治会の数々の要求に対し、東大当局はそれらを全て拒否し、形だけの”対話”として開催した。わずか14人からしか質問を受け付けず、「検討する」という返答を繰り返すばかりで、学生を意思決定のプロセスに組み入れる意思が見られるものではなかった。

 このように東大当局は当事者であるはずの学生を完全に度外視し、十分な説明や情報公開も無しに授業料値上げを強行しようとしているのである。このような東大当局の姿勢は、東大確認書に採用されている、教員のみならず学生や職員を含めた「全構成員自治」の理念に反するものであり、これまでの実践を否定するものである。すなわち、東大当局による大学自治の破壊である。

値上げの背景についての認識

 今回の値上げの背景には、新自由主義的な大学改革がある。

 国立大学が法人化されて以来、各国立大学は国からの運営交付金を減らされ続け、独自の財源を確保する事を求められ、大学間での競争を強いられてきた。そして国は運営費交付金を削減する代わりに、研究者が応募・審査を経て獲得する競争的資金を手厚くした。これは研究資金をインセンティブに競争を取り入れる、研究における「選択と集中」である。この「選択と集中」は、大学間での格差をもたらすのみならず、人文系分野を中心に、稼げないと判断された研究分野を切り捨て、研究の多様性を損なわせるものである。

 2022年には国際卓越研究大学制度が成立した。この制度は、資金と引き換えに、大学の在り方を国の求める方向へ無理やり転換させるものである。すなわち、資金を確保するために、各国立大学は「稼げる大学」になることが強要されている。また、それを達成するために、学長によるトップダウン型の意思決定や、学外者の運営への参画といったガバナンス強化と大学自治の解体が行なわれてきた。

 「稼げる大学」に国立大学自ら変わろうとする中で、多くの大学は学生の福利厚生を縮小してきた。京大当局は、安価な学生自治寮に対して廃寮に向けた圧力をかけ、保健サービスを無償で提供していた保健診療所を突如廃止させた。

 今回の東京大学における授業料値上げは、このような新自由主義的な大学改革の流れの中にあり、大学の資金繰りのために学生に更なる負担を押し付ける。大学の教育・研究の成果は社会全体で享受されるものであり、そのための資金は国が負担すべきものである。教育において利益を受ける主体を学生個人に切り縮め、学生が犠牲を払うべきであるとする受益者負担論は、上記の問題に直結する危険なものである。

熊野寮自治会として

 東京大学が授業料を値上げすることで他の大学に値上げが波及することは必至であり、これは京都大学においても例外ではない。今回の値上げの当事者として、そして学生の福利厚生、権利を守る使命を持つ学生自治会・寮自治会として本声明を発表する。

 熊野寮は当初「京都大学に在籍する男子の正規学部生専用の寄宿舎」として建寮されたが、あらゆる属性、背景を持つ人間の学ぶ権利を守るため、寮自治会は、京大当局による介入や「社会通念」をはねのけ、国籍、性別、課程などに関係なく入寮できるように門戸を開いてきた。そしてこれまでも、熊野寮は「自治寮防衛」を掲げて廃寮化を狙う政府・大学当局と対峙し、福利厚生施設としての熊野寮を守ってきた。

 熊野寮自治会は寮内のみならず、学内全体の問題にも取り組んできた。最近では、熊野寮祭企画「総長室突入」に代表されるように、京大当局の11月祭への介入や、サークル規制などの学生の権利を侵害する問題にも取り組み、更には声を上げる学生を黙らせる、見せしめにも似た学生処分に対しても阻止・撤回を掲げて行動してきた。

 今回の東大における授業料値上げは、政府・大学当局が学生に負担を押し付けるという熊野寮に降りかかる廃寮化攻撃と軌を一にするものであり、新自由主義的な大学改革を背景とするものだ。

 熊野寮自治会は学生の福利厚生、権利を守ってきた学生自治会・寮自治会の立場から、現在、政府・大学当局によって進められている学生に負担を押し付ける一方的な大学改革、そして今回の東京大学の授業料値上げに反対することを表明する。またこの声明文を読む全ての人々に対して、共に反対することを呼びかける。

2024年7月7日 熊野寮自治会