熊野寮における無学籍者の居住に関する声明

 

 京都大学熊野寮は、過去50年以上に渡って学生自治寮としての実践を積み重ね、その責務を果たしてきました。我々京都大学熊野寮自治会は、熊野寮自治会と大学との取り決めであり熊野寮の地位を保障する確約の運用

を、正当な手続きによらず変更しようとする京都大学を非難します。熊野寮自治会は、1971年に大学と取り結んだ確約において「寮の管理運営に関しては、熊野寮自治会が公的な最終決定権を持つ」かつ「入退寮者は京都

大学新聞の紙面上に発表するため、熊野寮自治会から寮生名簿を大学へ提出する必要はない」旨で合意し、爾来熊野寮は同確約に則った運営を続けています。

 確約とは熊野寮自治会と京都大学の合意によって決定されたものであり、従って両者はともに確約を遵守する義務を負っています。しかし、近年の京都大学はこの確約を反故にしています。個々人の部屋番号を含む正

確な寮生名簿の提出を一方的に熊野寮自治会に要求し、提出がなされない限り寮内設備の補修を停止すると通達してきたのです。ここでいう補修とはいままで特段の条件なく行われてきたものです。従って、設備補修に現住寮生の部屋番号の把握が必要でないことは明らかです。なお、熊野寮自治会は現在でも確約の定め通りに、毎年京都大学新聞の紙面上に入退寮者の氏名を公表しています。

 熊野寮は確約締結以来、自治会みずからが入退寮者を選考する自治寮として運営されてきました。この選考権は学生の福利厚生に大きく寄与するものです。例えば、熊野寮はもともと男子寮として建設されましたが、寮自治会はいち早く女子学生の入寮を実現し、現在では留学生や大学院生など「日本人男子学部学生」に限らない幅広い寮生に対して平等に福利厚生を提供しています。寮自治会の持つ入退寮選考権は決して一部学生が権益を独占するような仕方で行使されるものであってはならず、寮自治会が時には規則や社会常識を先取りする形で、上記のような属性を持つ学生の入寮をいち早く実現してきたことは、寮自治会が入退寮選考権を自律的に行使した成果として、社会的にも大きな意義があると言えるでしょう。 

 この選考権行使の一環として、熊野寮自治会はその裁量と空間的制約の範囲内において、必ずしも学籍を保有していない人についても居住を認めてきた経緯があります。これまでにも幼児と同居しつつ学びを継続する人、精神疾患や身体の不調等で一時的に学籍喪失に追い込まれた人、院試浪人や就職浪人、博士課程満期退学者、京都大学による強権的な放学処分の対象者、内戦下の祖国へ帰れなくなった外国人研究者など、やむを得ない社会的・経済的事情を抱えて熊野寮での居住を要する無学籍者の継続居住を一部認めてきました。これは入退寮選考権を行使して社会的責任を果たすための寮自治会の判断として、社会的な意義があることと考えてきました。例えば、放学処分者に関しては、2017年に放学処分を受けた熊野寮生3名への京大当局の退去勧告に対する寮自治会の反論に、京大当局は再反論しなかったことから、その意義は京大当局も当時認めたものと認識しています。各学生の居住に関しては、これまでも寮内での議論を重ね、個別的かつ定期的に居住の必要性を審査してきました。上述のような柔軟な運用は、1971年確約と日々の寮運営の実践を通じて確立されてきたものです。このような経緯を踏まえた上で、無学籍者の居住に関して現在熊野寮自治会が社会的に置かれている状況に鑑み、必ずしも現状を自明の前提とするのではなく、入退寮選考権を持つ熊野寮自治会の責任として、議論を継続していきます。

 時代の趨勢を鑑みるに、かような「遊びのある」寮運営、さらには広大で利便もよい土地に多数の人間を安価に住まわせる自治寮という民主的機関そのものが、大学の厳しい財政を圧迫していることは事実でありましょう。例えば、熊野寮と同じく京都大学の学生自治寮である吉田寮は、新棟建設からわずか数年のうちに苛烈な廃寮攻撃を受け、ついには京都大学が吉田寮生という大学に比して相対的に弱い立場にあるはずの学生に対して訴訟を仕掛けるに至っています。これは、京都大学が学生自治寮という”赤字部門”の早期廃止を望んでいる証左と捉えざるを得ません。しかし、厳しい財政事情を勘案するにせよ、熊野寮自治会の寮運営に関する地位変更については、1971 年確約において「団体交渉形式による」旨が確認されており、京都大学が近年要求する「代表者3名のみの交渉」などで地位を変更することは手続に反します。冒頭にも述べた通り、確約に定められた手続は寮自治会と大学の双方を拘束するものであって、いずれの側からも一方的に変更することはできません。確約に定めのない手続を取るならばまずは確約を変更せねばならず、変更にあたっては団体交渉を措いてほかに方法はありません。まして、本年7月26日付で京都大学より発表された「熊野寮における無学籍者の居住について」なる声明文は、合意と実践に基づく寮運営を一方的にさも不正であるかのように喧伝し、手続を迂回した熊野寮の解体を惹起するものであって、到底看過できません。そして、熊野寮自治会は京都大学との団体交渉に応じる用意があります。

 京都大学熊野寮自治会は、過去50年以上の間に確立され正当に行使してきた自治権を、これからも変わらず行使します。同時に、我々の自治権が「社会的・経済的弱者を守り、ひとしく勉学の機会を保障する」という正当な意義を持っていることを、広く訴えていく所存です。

2022年10月11日 熊野寮自治会